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二宮尊徳像(福島県相馬市中村)

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二宮尊徳像(福島県相馬市中村) 天明7年(1787)~安政3年(1856)

金次郎。相模(神奈川県小田原市)の人。
独特の思想により農村建て直しに尽力した農政家・思想家でその教えに基づく農村復興策は、「興国安民法」(二宮仕法・報徳仕法・御仕法)などと呼ばれました。二宮仕法は、文政6年(1823)の桜町(栃木県二宮町)仕法をはじめ各地で実施され、相馬中村藩でも導入して財政の再建に成功しました。二宮仕法の考えは、明治以降の報徳社へとつながっていきました。
慶応4年(明治1・1868)、尊徳の妻子は戊辰戦争の戦禍を避け、中村(相馬市)に移住しました。明治3年には中村藩の用意した石神村(原町市)の住宅に移り、尊親(尊徳の孫)が、北海道に移住する明治30年(1897)まで住みました。
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(一社)相馬報徳社

Author:(一社)相馬報徳社
976-0035
相馬市馬場野字山越89
0244-32-0624
sohoutoku@yahoo.ne.jp
**********************
H26.11.26 さとばたけ報徳センターがオープンしました。
**********************
 相馬報徳社は、二宮尊徳の高弟である相馬中村藩士斎藤高行が明治の初めに設立した報徳仕法を実践する団体です。
 報徳仕法は、江戸時代末に相馬中村藩、小田原藩をはじめ、桜町領(真岡市二宮地区)烏山藩、谷田部藩、日光神領等、天明・天保の大飢饉からの農村の復興に大きな役割を果たしました。
 今回の大震災と原発事故により相馬中村藩領の大部分が避難生活を余儀なくされ、現在もその状況に変わりはありません。
 全国の報徳団体と日本アムウェイの協力を得て、相馬報徳社は活動を再開しました。
 地域の子供たちとのコミュニティを大切にして、震災復興支援の拠点として活動します。

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